地球年代学ネットワーク(NPO 法人)

板谷 徹丸

 
 NPO 法人地球年代学ネットワークは,地球年代学とその関連分野に携わる国内外の研究者と技術者が協働して先端技術の研究開発を行いながら防災と資源開発等の社会的な課題にも貢献できる次世代の人材を育成し,その成果を科学教育の一環として社会に還元することを目的とし2014 年4 月に設立された.その何年も前から漠然とした形でNPO 法人を模索していた人物(蒜山地質年代学研究所代表取締役竹下浩征)がいた.彼は20 年前に博士課程同窓生と一緒に学位取得後会社を興した.紆余曲折ありながら同窓生が去った後も小(零細)企業をやりくりして来た.彼は一組織や個の力では解決できない不条理についてよく口にしていた.筆者も含めて世の多くの人たちは日常茶飯事のように感じていることだと気にもとめていなかった.彼はまた,時々,NPO 法人についても話をしていた.筆者はNPO について無知で関心もなかったので,それについても気にしていなかった.2013 年春にふとそのことが気になり勉強会を開いて貰う様にお願いをした.彼が講師役として月一回程度開催した.勉強会には,もう一人の人物(環太平洋大学非常勤講師本庄慶樹:後に特任准教授)も加わった.彼は岡山理科大学出身で筆者のK-Ar 年代測定装置の開発では中心的な協力者であった.事情があって,その数年前から竹下浩征の近くに住むようになっていたことから,二人はNPO 法人のことを相談していた様である.さらに,もう一人の人物(蒜山地質年代学研究所年
代グループ長八木公史)も加わった.筆者を含めて,計4人は後にNPO 法人地球年代学ネットワーク発起人世話係となり,法人設立時の役員となる.
 勉強会2 回目のとき,一組織や個の力では解決できない不条理に相対している人として20 年前の筆者を思い出した.理学博士の学位取得者二名は筆者の研究活動に対して大きな貢献者であったが,直ぐに就職口がない状態であった.彼等の一人はもう少しどこかで研究できないかと夢を見ていて就活をしていなかったようだが,研究教育職はそれまでも厳しい競争社会であった.もう一人はK-Ar 年代測定のプロフェッショナルに育っていたがその技能や技術を理解して対応してくれる民間企業がなかったと思われる.そこで,二人が協働して会社を興してはどうかと勧めてみた.そのころは石油ショック後のサンシャイン計画で代替ネルギー開発が盛んな時期であった.地熱開発には火山エネルギーを使うので日本列島の火山岩のK-Ar 年代測
定が活発になされていた(板谷,1999).会社を興してもしばらくはそれで生活が出来るであろうとの思惑があったからである.蒜山地質年代学研究所がその時の会社であり,現在は株式会社として岡山本社と神戸支社には総勢11 名(事務職を除く)の正社員が働いている.社員の内7 名は博士の学位取得者である.
 勉強会3 回目において筆者は決断し,NPO 法人を直ぐにでも立ち上げてはどうかと提案した.立ち上げるにはかなりの書類(定款等)作成作業が必要となる.本庄慶樹が中心となりそれを竹下浩征と八木公史が協力する体制で進めることとなった.筆者は申請時に必要なNPO 法人賛同者(発起人)を国内外から集める努力をすることにした.今回,本小文の執筆にあたり,NPO 法人立ち上げ準備段階から設立までとその後1 年間の過程で筆者が経験し感じてきたことを記録に残して置きたいと思った.特に,一組織や個の力では解決できない不条理に対して,筆者自身が誰かに訴えたいと思ったからである.NPO 法人地球年代学ネットワークは様々な内容を含むが,基本的にはその不条理に相対している人とのネットワークを基礎に置きたいと願っての事からである.

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