技術士5 点で,博士は零点?

竹下 浩征

 
 地質調査を生業とする会社は,通常,国土交通省(国交省)の所轄する地質調査業者(いわゆる地質コンサルタント)あるいは建設コンサルタントとして業者登録し,官公庁発注の競争参加(入札)資格を取得します.これは第一に発注者(例えば官公庁など)の便宜を図るためのもので,受注する企業側に一定の技術的能力があることを保証させるためのものです.実のところ,地質調査については,例え国交省に登録していない企業であっても,また個人であっても自由に営業することができます(一般社団法人全国地質調査業連合会,2014).官公庁発注の競争入札には参加できませんが,民間企業どうしや個人の発注であれば登録や資格の有無は関係ありません.また建設コンサルタント業務ではなく役務(物品等の購入と同じサービス)としてなら官公庁の入札参加資格のみで応札することも可能です.実際に,蒜山地質年代学研究所は創業から16 年もの間,国交省へ業者登録せずに,民間企業の下請や役務としての地質調査あるいは分析業務を行ってきました.弊社が国交省へ地質調査業者として登録されたのは2011 年(平成23 年)のことです.この業界で受注を増やし,下請から脱皮し,会社を大きくしたいのなら「業者登録」は必須です.何故もっと早く登録をしなかったのか?実はここに,社会の不条理が潜んでいたのです.
 国交省を始めとする官公庁の業者登録と建設関連コンサルタント業務の入札にはいずれも「技術士」が必要だったのです.正確にいうと,「技術士」または「大学で地学を含む特定の学科を卒業後,地質調査に関し15 年以上の実務経験を持つ者」が必要なのですが(国土交通省,2014a),後者の資格を得るには技術士になる以上に多くの時間がかかるため,普通は最初からそれを選択することはありません.私達の会社は二人の博士(理学)によって,大学の地質関連分野の研究室と民間(コンサルタント等)とのパイプ役となることを目指して創業されました(竹下,2006).そのため,神戸支店を開設した2009 年まで,社員は大学院を修了した学位取得者(博士または修士)に限定し,業務の合間に研究を続けられる意欲と能力のある者としていました.つまり,弊社には国交省の認める有資格者がいなかったので,業者登録はしたくてもできなかった訳です.個人的には,博士の能力を認めていないように感じる登録制度に反発して,敢えて対応しなかったというのも事実です.そもそも地質調査は誰でもできる業務のはずなのに,何故そのような登録制度が産まれたのでしょうか?登録に際して,事実上の必須条件となっている技術士とはどういう経緯で創られたのでしょうか?ネットを介していろいろ調べてみると,業者登録,技術士,建設コンサルタントという用語がいずれも第二次世界大戦(太平洋戦争)後の日本の復興を進めるために整備されたものであることが分かりました(例えば,ウィキペディア,2014).日本の体制がリセットされた“過去”において需要があったのでそれらの制度が創られたという訳です.しかし,今は戦後から70 年も経った“未来”です.社会情勢や教育環境が大きく
変貌し,大学で専門課程を修めた学位取得者が増産されているにもかかわらず,戦後間もない頃の制度によって門前払いされる者がいるとしたら,それは問題ではないでしょうか?私はこの地質調査業に潜んでいる不条理について,事あるごとに同輩,後輩,恩師らに愚痴ってきました.
 愚痴り続けて20 年.「虚こけ仮の一念,岩をも通す」ということわざがありますが,私の愚痴も言い続けたことで少しだけ世の中が変わりそうな出来事が最近起こりました.それはNPO 法人地球年代学ネットワークの設立です.NPO法人の設立を考えたきっかけは,上述した官公庁が認める有資格者に学位取得者が含まれないことに対する憤りです.NPO 法人では地球惑星科学に携わる研究者や技術者を対象として,それぞれが相対している不条理から抜け出すためにネットワークを活用して自身の技術・技能・専門知識を生かせる環境を整えることが目的の一つです.その活動はすでに始まっていますが,大きな成果を上げるためにはまだ数年の試行錯誤が必要になりそうです.NPO 法人の設立準備から第1 期末までの活動については本特集号
の板谷(2015)をご参照ください.また,本特集号の竹下・板谷(2015)ではNPO 法人の活動拠点を廃校に求め,その利用計画案と顛末についての詳細を記しています.
 この読み物では,蒜山地質年代学研究所の創立20 周年とNPO 法人の設立1 周年を期して,私がこの20 年間常に感じていた地質調査業の不条理について書き記します.それは地質学に携わる大学人や企業人の方々へのちょっとした檄文でもあります.以下ではまず,地質調査業務とそれを実施するために必要な業者登録等の有資格者について整理してみます.

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